ゆゆめも

読んだ本と生活のこと

【読書】手袋一枚を隔てた死『ホット・ゾーン』

『ホット・ゾーン』リチャード・プレストン 著/早川書房/2020.5

 子ども時代に体験した怖いものって、その後の人生かなり尾を引きますよね。ふとした瞬間に思い出して不安になったり、夜眠れなくなったり……。私の場合のいまだに引きずっている三大トラウマは、①『もののけ姫』でサンの腕からタタリ神のうねうねが生えるシーン、②修学旅行で行った広島平和記念資料館で見た被爆再現人形、そして③週刊子どもニュースの本で知った「エボラ出血熱」です。

 冒頭でも注意書きがなされているとおり、エボラ・ウイルスに感染した人の多くが迎える最後は、かなり凄惨でショッキングです。特に、内臓を溶かし、10人中9人を死に至らしめるエボラ・ザイール株は、人間が”崩壊”するという表現まさにそのままで、読み進めるうちにどんどん血の気が引くこと間違いなし。

 この本を読んだからといってその恐怖が克服されるわけでは決してありませんが、それでも私たちがそれらのウイルスを「正しく」怖がることができるのは、空気感染するかもしれないししないかもしれない、何が媒介しているかもわからない、一歩間違えば自分が死ぬ、という未知のウイルスに立ち向かう、研究者や医療従事者の働きがあってこそ。死との境界に立つ彼らの身のすくむような恐怖を、彼らの目線で彼らの暮らしを通して丁寧に描いた本書は、読みものとしても楽しめる臨場感あふれるものでした。ナショナル・ジオグラフィックでドラマ化されているということにも納得です。

 現在世界を席巻しているコロナウイルスも、最近ニュースで取り上げられ始めているサル痘も、ニュースで流れる数字だけをみて一喜一憂するだけでなく、そこに至るまでに様々な人の尽力があることを心に留めておきたいと思います。

 

 

【読書】冷静になりたい人は読むべき『世界は感情で動く : 行動経済学からみる脳のトラップ』

f:id:yuyu-life:20220207212419p:plain

『世界は感情で動く : 行動経済学からみる脳のトラップ』マッテオ モッテルリーニ 著/紀伊國屋書店/2009.1

 

 左上の奥歯にかなり大きめの虫歯ができてしまいました。歯医者で「ちょっと深めに削って埋めるしかない」と言われたのですが、埋める素材で案内されたのが、順番に10万円近くのオールセラミック(保険適用外)、1~2万円の銀歯、そして質とお値段のいいとこどりのハイブリッドタイプ4万円(こちらも保険適用外)。質的には、セラミックが陶器のお茶碗で、金属はプラスチックのタッパーようなものだとのこと。「どっちが汚れが落ちやすいか、わかりますよね?」とマスク越しでもわかるスマイル付き。

 素材変わっちゃってますやん、と内心突っ込みつつ、しかし、『世界は感情で動く』を読んだ私は気づいてしまったのです、これはアンカリング効果を利用したマーケティング手法だと……!

 こちらの本では、人間が無意識に陥りがちな偏見(ヒューリスティクスのバイアス)が、多数の身近な事例とともに解説されていて、さらにそれに対抗するための手段まで紹介されています。

 身に覚えのありすぎる思考の偏りばかりの中、アンカリング効果はそのなかでもかなり身近な事例。アンカリング効果とは、最初に印象に残った数字や言葉が、後のはんだんに影響を及ぼすこと。例えば10,000円の値札が赤字で訂正されて7,000円になっていたら、「めっちゃお得!」と思ってポチっちゃったり……Ama〇onのセールとかでよくするやつ……。

 まあ、営業トークと分かっていながらも、歯科衛生士さんから「私もこの間これにしたんですよ~!」なんて言われると、ハイブリッドタイプを選ぶほかないのよ、わかってる、完敗です。予定外の4万円の出費に涙を飲んだ一日でした。

【読書】裸になれば仲良くなれる『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』

f:id:yuyu-life:20220207212419p:plain

『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』ヨシダ ナギ 著/扶桑社/2016.5

 以前、図書館でのブックリサイクルで、ヨシダナギさんの写真が表紙を飾っている雑誌Penをもらいました。当時母がTBSで放送されていた番組「クレイジージャーニー」を熱心に観ていて、この著者の回がとても面白かったと聞いていたのですが、表紙の鮮やかな写真に惹かれて手に取ったものが偶然にもこの方。

 かなり(いい意味で)ぶっ飛んだ方とは耳に挟んでいましたが、こちらの本の著者紹介から突っ込みどころ満載。”2014年にはインド北部のナガ・サドゥ”Shiva Raj Giri”に弟子入りし、ヨガで鍛えた強靭なチンチンに乗せてもらえるまでになる。”……?何回読んでも意味が分かりません。

 現地ガイドに所持金をスられたり現地民に砂をぶつけられたり、ホテルにわんさかいるゴキブリと心を通わせたり……。自分だったら一生のトラウマになりそうなところを、そんな目に合いながらも旅を続ける彼女のアフリカの人々への愛がコミカルにつづられていて、美しい写真を楽しみつつ、あっという間に読んでしまいました。

 残念ながら、前述の”強靭なチンチン”の詳細は分からないままでしたが、今後彼女の写真を見かけたら、その一枚を撮影するために、どんな紆余曲折があったんだろうと考えずにはいられなさそうです。

 

【読書】阿佐ヶ谷に住んでみたくなる『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたりぐらし』

f:id:yuyu-life:20220207212419p:plain

阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』阿佐ヶ谷姉妹 著/幻冬舎/2018.7

 ドラマ化で話題になったと知り手に取った、芸人・阿佐ヶ谷姉妹の同居生活エッセイ。家族、友人、仕事の同僚etc…どんなカテゴリもしっくりくるようでこない不思議な関係の2人の生活が、エリコさんとミホさんそれぞれの視点で語られています。

 自宅に仕事に四六時中一緒ともなると嫌になることもありそうですが、一人になりたい時はそれとなく宣言して出かけたり、移動中に相方を撒いたり…いい意味で遠慮がなく、心地よい距離感を保っているのはお互いの思いやりのなせる業だと思います。そもそも話題がほとんど相方の話であることにも愛を感じます。

 阿佐ヶ谷の住民との心温まる交流もあり、2人が暮らす6畳一間のこたつを挟んだ陣地合戦など静かな攻防もあり、所々でクスリと笑いながら拝読しました。エッセイの最後では隣同士の一人暮らしとなったお二人ですが、これからものほほんとした暮らしが続きそうです。

 それにしても、お隣に住む女性2人から、部屋で解体したマグロが届くお隣さん、どんな気持ちだったのだろう。

【読書】生きものたちの知られざる攻防を垣間見る『ダーウィンの覗き穴』

f:id:yuyu-life:20220130152629j:plain

ダーウィンの覗き穴』メノ・スヒルトハウゼン 著/早川書房/2016.1

 セックスとは何かー。映画などのフィクションの中で、ふたりの愛を確認しあうロマンティックな行為として描かれていてもそんなに疑問には感じないけれど、どうやら生殖器学者たちの見解ではそんなに穏やかなものではないらしい。

 本書では、雌の皮膚にペニスを突き刺し精子を直に注入するシラミや90センチものペニスを樹上から垂らして絡ませ合い精子を交換するナメクジなど、信じられないほどに奇妙でバラエティ豊かな生きものたちのセックスが取り上げられている。

 筆者によると、より優位な遺伝子を取り込みたい雌と、より多く自分の遺伝子を残したい雄との間で繰り広げられる終わりなき『闘いと舞踏』が、生殖器の進化の恐るべきスピードと多様性を生きものにもたらす、ということらしい。

 あまりオープンに語ることは憚られるばかりか、世間からタブー視される研究も、家畜の人工授精などに役立てられると聞くと、研究者以外の人間にとってももっと身近に感じられても良い学問だということは賛成だ。

 まえがきに「フォアプレイ」(前戯)、あとがきに「アフタープレイ」(後戯)とルビが振られていることからもわかる通り、筆者の遊び心とユーモアにあふれた一冊。添えられたイラストは簡潔なので、スマホの検索履歴はおおよそ人には見せられないものにはなるけれど。

 

【読書】古書の旅路に思いを馳せる『古書の来歴』

f:id:yuyu-life:20220102165947j:plain

『古書の来歴』ジェラルディン・ブルックス 著/ランダムハウス講談社/2010.1

10年ほど前に行った、作家・三浦しをんさんと翻訳家・鴻巣友季子さんのトークショー鴻巣さんがおすすめされていたこちらの本、かなり時間が経ってしまいましたが読みました。当時は三浦しをんさんしか存じ上げなかったのですが、鴻巣さんの翻訳業にまつわる裏話がとても面白かった記憶があります。『フランダースの犬』が日本に輸入された当初、「パトラッシュ」が「ブチ」だったとか…ネロは何だったかな。

『古書の来歴』は実在の稀少本サラエボ・ハガダーが、どのような人の手によって生まれ、どのような人の手に渡り、それに関わった人々がどのような運命を辿ったのかを遡るフィクション。

古書の鑑定家である主人公・ハンナが、本に残された虫の羽や毛、シミなどの痕跡を一つ一つ解き明かしながらも、ハンナが決して知ることができない、それらの痕跡が残された経緯を読者として追体験できるストーリーは、特別感もある一方で非常にもどかしくもあります。一神教の書物を題材にした小説にもかかわらず、読み手が神にでもなったような錯覚を抱かせる構成。サラエボ・ハガダーにそれが作られた時代としてはタブーである細密画が描かれているのと同じく、背徳感に裏打ちされたドキドキ感を楽しめます。過去の人々の物語と、それと並行して進む現代パートがどのように交差するのか、気になって一気に読んでしまいました。

手に入れた人々の人生を次々と狂わせたホープダイヤモンドのように、関わった人々は決して幸せとは言えない運命を辿りますが、実際にボスニア・ヘルツェゴヴィナ博物館に所蔵されているサラエボ・ハガダーにも、実際にそのような歴史を渡り歩いてきたのかも…と歴史のロマンに思いを馳せることができる、読み応えのある一冊。

 

【読書】絵画の楽しみを身近に『いちまいの絵』

f:id:yuyu-life:20211219194946j:plain

『いちまいの絵 生きているうちに見るべき名画』 原田 マハ 著/集英社/2017.6

 絵画鑑賞は他の芸術に比べて、昔からなんとなく敷居が高かった。音楽であれば同じ曲を演奏しているとき、採点競技のスポーツであれば同じ技を披露しているとき、素人目にもどちらが上手いか、美しいかはなんとなく分かる。しかし、絵画は画家によって使う材料も、何をモチーフとするかも異なれば、描かれた時代にもかなりの時間の隔たりがある。比較することができない分、絶対的な審美眼が必要とされるような、一見さんお断り、の空気をどことなく感じて、美術館を訪れることはあっても、今までなんとなく相入れないままだった。

 今回読んだ『いちまいの絵』は、現在全国巡回中のゴッホ展を最大限楽しみたいと思い、手に取った。大学で美術史を学び、美術館での勤務経験もある著者による本書では、著名な画家の26枚の絵の鑑賞のポイントが、その絵との出会いのエピソードとともに丁寧に解説されている。著者の絵画鑑賞は、いつも何気ない生活の延長線上にあり、絵画を「観る」というよりも、絵画を「体験する」という印象を受ける。

 描かれた時代の潮流や画家の一生、描画の技術や構図の秀逸さを理解していることで楽しめる面白さももちろんあるが、この人物が何を考えているのだろう?この人は何を指さしているのだろうか?とストーリーを想像する楽しみかたもありなんだ、と少し安心。絵画を鑑賞するのにそこまで気負わなくていいのかも、と思わせてくれる一冊。